アアルト

アアルト仙台

アアルト仙台の家

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アアルト仙台の家ができるまで。

アアルト仙台の家の建主のMさんが望んだのは、その土地の気候に添いながら、折々の四季が十分に感じ取れる家だった。でも北の仙台での設計は初めてだ。仙台の降雪の量はあまり多くなくても、冬の寒さはかなりなものと予想がつく。

その構成の基本を、南と東に道路に接する角敷地のありようから東側に入口を取り、かつての家の造りによく見られた南の縁側を手動線にする構成にし、それぞれの居室を緑の奥に置いた。仙台に住む家族の行き来、それに乱されることのない室や居場所の落ち着き、庭と内とのクッション、南の緑はそうした日々の生活の場の組み立てに良いはたらきを持つ。

仙台という土地の気候性の中では少し冒険だけれど、その南縁を季節の良い時には全開放にできる構成とし、夏場に必要な網戸を兼ねて目の細かい簾戸をガラス戸の外に仕組んだ。アアルト仙台の家は虫除けだけでなく、いくらかの風を通しながらまぶしい夏の日中の陽射しや光を簾戸がカバーする。

益子義弘

アアルト
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骨格を残しながらの再生…アアルト。

福島県「磐梯朝日国立公園」の五色沼近くにホテリ・アアルトはある。120年前に大噴火した磐梯山の噴石が、水流を堰き止めて一帯に湖沼を生み、敷地内やその周辺にも湧水の静かに澄む小沼が点在する。

そこに東京の某デパートが40年前に自社の保養施設として建て、その後にA市に譲られて利用されてきた施設があった。本計画は、経年のうちにやや粗い改装で乱れを見せる既存の施設を、新たなリゾートホテルとして再生させるべく取り組まれたものである。

その施設は、各所の仕上げ材等に傷みや、数度の改装による構成的な乱れ、また現代的な居住性の上での不備は見られるものの、本体の骨格は今後にも十分に保ち生かせるものと診断された。また、当初に意図された建築としての全体のシルエットは、一帯の風景におおよそ適ってもいると思われた。

それらの状態を内外さまざまな角度から点検し、骨格も極力そのままに生かすことを基本的な方針として、レストラン等の一部の増築を伴いながら、新たな空間へ転換するデザイン上の読み解きを進めた。

ひと時の安らぎの場へ

国道から一歩入る一帯の環境は、木々の群と見え隠れする湖沼の水平が独特な風景を織りなして静かである。また、上階からは南に磐梯山の頂を見、北に順光の吾妻連峰が見晴らせる。こうした特色ある風景や環境を滞在する人たちの経験にいかに新鮮に結ぶことができるか、それが改修全体を通しての課題になった。

客室は、既存の骨格を読み解く中ですべてのプランが異なるものとなり、また最上階の客室は小屋組みに誘われて高い吹き抜けの空間となっている。

それらの多様な構成は、おそらくまったくの新規の計画の中では生まれ得なかっただろう。改修という地(既存)と図(構想)の交錯の中から発想された具体化されたものと言ってよい。

なお、全体の構成素材には地場の自然材を多く用いている。その意図は言うまでもなくこの地域固有の空間の質に関わることであると同時に、デザインを際立たせず自然な安らぎの空気をいかに生み出せるかということを目標に置いたことにもよっている。

本計画は、オーナーも密に関わるチーム設計の中で、共にひとつの場の形質を探り、新たな施設としての再生を見た。

益子義弘


建築家・職人・クライアントの連携

ホテリ・アアルトの事業主体であり、また工事施工を担った八光建設は、福島県郡山市に本社を置き、建築を主体として今年創業45周年(平成20年現在)を迎える総合建設業である。グループ企業であるラボット・プランナー、ホテリ・アアルトとの連携を図り、住宅関連のショールーム「labotto」、レストラン「アーマ・テラス」、「裏磐梯のホテル(ホテリ・アアルト)」を運営しながら、新しい建設事業の創出に取り組んでいる。

2007年、仙台市に新たな拠点「ラボット仙台」を設けるにあたり、設計を益子義弘氏に依頼した。氏が設計された「金山の火葬場」(本誌9605)に感銘を受けたのがきっかけである。この「家」に身を置いた時の、自然体で過ごすことができる安らぎを、より多くの方に体験してほしいという思いを、ずっと抱いていた。

ある縁から、裏磐梯にある40年ほど前に建築された保養所を取得したのは2007年のことであった。これを改修してこれまでに例のないようなホテルとして再生したいと願った時、全体的な計画をお願いするのはこの方以外に考えられなかった。氏には、プロジェクトリーダーとして、設計スタッフ、クライアント、オペレーションスタッフがそれぞれに描くホテルへの思いを取りまとめいただいた。私が目指す、建築家、職人、クライアントが連携してつくり上げる建築を感じていただけると自負している。

宗像剛